アンナプルナ農園花鳥日記

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農園通信 06秋 <チコ>

 暑くもなく寒くもない、本当に気持ちいい秋風に、茶畑のすみのうすむらさきの野菊の花が、ニコニコとうれしそうにゆれています。
 お元気にお過ごしでしょうか?今年も沢山のお茶のご注文をいただきました。ありがとうございました。
 十月八日に農園で「森の感謝祭」を催しました。
 お茶をはじめ、私のからだと生活は、農園のお茶や野菜によって支えられています。その農園が抱かれている「森」と「山の神さま」に感謝をささげるお祭りです。このごろは商業主義にのっとった派手なお祭りが目立ちますが、私が子供の頃には、産土の神さまを祀る素朴でにぎやかなお祭りが、村々に残っていました。
 祭りの日はとても良いお天気に恵まれました。夜明け前に山に登って、収穫したばかりの稲穂や野菜をお神酒や果物を神さまにささげ、日の出とともに感謝のお祈りをしました。 
 祭りの会場はお隣の内田さんの牧場。牛を飼っていない今は広々とした草原に広葉樹が植えてあります。お昼過ぎから人が集まりはじめ、だんご屋さん、カレー屋さん、パン屋さん、アクセサリーやフェアトレードの店など、みるみるお店が立ち並んでゆき、にぎやかな市場ができました。子どもたちも大勢、みんな安心して遊びまわっています。
 ステージはクヌギの森の前につくられ、昼間はちょっと日差しがきつかったけれど、きらきら耀き揺れる木の葉を背景に、多数のミュージシャンや詩人が、
多彩なパフォーマンスを繰りひろげてくださいました。
 夕日が花鳥山や会場を真っ赤に染めるころ、薪に火がつけられて、いよいよ盆踊りのはじまりです。熊本なのになぜか岐阜の郡上踊り。子供の頃に踊っていた郡上踊りが忘れられず、「あんな盆踊りを農園でやりたい」というのが、私の永年の念願だったのです。
 なつかしい笛と三味線と太鼓の音にあわせ、まずはみんなにフリを憶えてもらいます。「右手で月を眺め、左手で眺め、右に川、左に川、山に祈って、チョチョンガチョン」と手を打ちます。
 しだいに夜のとばりがおりてきて、大きな焚き火のまわりには、百人程の輪が出来て、ゆらゆらと人が揺れ、ゆらゆらと影が揺れ、ジャンベの太鼓も威勢よく、踊りも小馬の跳ね踊り、とうとうそのとき、十六夜のお月さまもじっとしていれなくなって、森陰から顔をのぞかせて、踊りの輪に加わりました。
 ほんとうに森に感謝できた日でした。
 今日は立冬です。こたつを出したり、ストーブの準備をしたり、冬支度をはじめました。去年の失敗に懲りて、今年は秋野菜を大切に作ったので、カブや大根、にんじんなど、暖かい根菜類がありがたいです。
 お茶のおいしい季節になりました。今年は豊作でしたので、お茶は沢山あります。ご贈答用に、2個、3個、5個入りの箱もございます。(各50円)
 農園から直接発送することもできます。
                                       正木チコ
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  1. 2006/11/12(日) 17:18:05|
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農園通信 06秋 <マイサ>

まるで急流に  流されるように

世界がこわれ  おし流されてゆく

一方どこかで  つぎに来るものが

はじけて生まれる  音がする



種が根を出し

芽をひらく

蓮の花  ひらく

菊の花  ひらく

虹の花  ひらく


 花がほころぶようにしてやってくる、平和の時代はきっと母系社会であるだろうと考えて、ボクたちは農園を母系制社会にすることに決めました。
 現実的にいうと、「これまでボク(マイサ)がボスだったのをやめて、妻であるチコがボスになり、娘のラビは実権をにぎる」ということになる。ボクからいえば政権移譲だ。(娘からすると、それは責任のがれじゃない?ということになり、妻からすると、ちょっと逃げないでよ、ってことにもなりかねませんが・・・)
 で、ボクは農園では何をするかというと、人夫になる。縄文時代は人夫のような存在でしかなかった。たしかにボクは夫であり、他人でもある。必要なときは、働き、必要でないときは、自由だ。
 人の悪い友達(悪くなくても)には、「なんだ、虫のいいはなしじゃねえか」といわれそうなのだが、それがマジ、うまく機能している。
 その証拠に女たちは俄然ヤル気をあらわした。
 熱心に畑をやり、しきりに花の球根を植えるようになった。
 二人だけで「森の感謝祭」をまんまと成功せしめた。ボクはなにもしなかった。ただ傍観してた。出たのは本番だけだった。
 そんなわけでボクは<母系制アンナプルナ農園>を励ます会の会員になりました。 
                                       マイサ                                        

追伸:最近書いたエッセーをブログに載せています。

http://takashimasaki.blog79.fc2.com/
  1. 2006/11/12(日) 12:08:52|
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アンナプルナ農園通信 06 秋 <ラビ>

part1        グランデイング/土の中にはよろこびの種



 雨あがりの森や草に、月の光がきらきらと光って美しい夜です。どことなく森の人たちも目を覚まして起きているんじゃないかしら?澄んだ鈴虫の声がさっきからずっと聴こえています。
 農園は透きとおる風吹く秋を迎えました。お元気ですか?
きっと、みなさまにもいろんな変化が起きているのでしょうね。
 アンナプルナ農園や私にとっても2005年から2006年と、さらなる変化の波が押しよせて、魂が洗われるような浄化の日々でした。私自身、忙しく走り回っていた去年と比べると最近は「動から静へ」の移行をしているように思います。今までずっとどこか誰かと、まるで蜃気楼を追うように外へばかり求めてきたけれど、肝心な足元の土、そして自分の内面を見ていなかった・・・ということに気が付かされる日々でした。決定的な変化は、私が旅をやめて、農園に着地し、根付く決心をしたということ。導いてくれたのは実は花鳥山に棲む森の妖精さん達だったのでした。
 幸福の種は自分自身の内にあるんだよ・・・まるで「青い鳥」のお話のように一巡りして自分のルーツに戻る・・・そんな経験でした。
 インドから帰り、春からはどこにも行かず、ほとんど誰にも会わずに、ひたすら田んぼと畑に向き合ってきました。
 今年は初めて、田んぼの水管理を担当しました。朝起きるとまず、11羽のかわいいアイガモを小屋から田んぼに出して一日が始まります。赤ちゃんのときから、カモ達にオームシャンティとガーヤトリマントラ(インドの聖歌)を朝夕歌って餌付けをしたら、みんなすっかりなついて、近くに行くとおしりフリフリついてくるようになりました。でも、水鳥のカモをかわいがるあまり、田んぼの水を入れすぎて稲があまり育たなかったという反省点もありました。また、これまで稲の成長を見ていたようで全然見ていなかったという事に気付きました。分けつの時期、穂が出る様子、お米の目立たない小さな花・・・田んぼの中は神秘の世界・・・土への学びは始まったばかりです。
田んぼも畑も思うようにいかなくてがっかりすることもありますが、とにかく土に触れ、森に入り、静かに静かに日々生活をしています。
 そうそう、最近蝶々と目が会うようになったんです。本当なんですよ。時々、手や服にとまってくつろいでいってくれるようになってすごくうれしい。先日、蝶々模様のワンピースを着て庭のあさがおを眺めていたときも、ひらひらと服の上に舞い降り、しばらくとまっていました。「来てくれてありがとう」とつぶやくと「あら?わかった?」というふうにくるくるした目をしてと飛んでゆきました。
 現実的な秋からの目標は、庭に縄文式竪穴住居のような土に密着した家を造り、そこにイロリと五右衛門風呂を作ることです。イメージとしてはトトロのすみか…。間伐が必要な杉林があるのでその木を材料にしようと考えています。そうして、生活の場をもっと土の近くに移して、火をおこすところからの生活を始めたいと思っています。原初のエネルギー“火”と共に暮らすことは、きっと大地へ還る蘇りの鍵ではないかと感じます。そして火を焚く場所が、集まる人たちのくつろぎの場になったらいいな。農園に花や緑や果樹を植えて森の妖精さんたちのすみかを増やすことも実行してゆきたいです。
 自分の動きを止め、鎮まることによって、微かに感じてきた自然の中の静かな静かな生命の営み・・・そこには真理がある・・・ほら・・・小さな野の花はいつもほほ笑んでいるよ・・・。
よーく耳を澄ますと今まで聞こえなかった森の音色が聞こえてきて、遠くから様子を窺っていた森の人たちも、みんな近くにきてくれたようなフシギな気配を感じています。まるでおとぎ話のようだけど、私はこの静かな森の波動との交流に幸せを感じています。本当はいつだってみんなはすぐそばにいたけれど、心が騒がしく動き回っていたから気付かなかったんですね。自分というエゴの意識が消えてもっともっと森と自然と一体になってゆけたらステキです。
 あれが欲しい、これが欲しい、あーしたい、こーしたい、もろもろの湧き上がる欲求を一つ一つ手放してゆくプロセスを学んでいます。そしてきらきら森の木漏れ日の中で大地に根を下ろして生きることができたら何にもいらないな・・・と感じる今日この頃です。           








part2 ありがとう☆森の感謝祭/ 新しい夜明けの光




 10月8日 秋空の下、森の感謝祭が開かれました。太陽キラキラ、ススキのダンス…森の木たちが揺れる中、犬も、子供も、若者も、地元の人も、森の妖精さんたちも、大地に抱かれてひとつにつながり、みんなの眩しい笑顔と、平和の光に満たされた一日でした。
 来て下さった皆さんありがとうございました。そして私たちを活かしてくれている森のめぐみの神さま、ステキなお祭りにしてくださってありがとうございます。すべては天のお陰、日のお陰。
 そもそも、森の感謝祭は、岐阜生まれの母が幼い頃から慣れ親しんできた徹夜踊りで有名な郡上踊りを「農園でやるまいか?」と言い出したのがきっかけでした。母は踊りのCD,テープ、ビデオを取り揃えている程の盆踊り狂。この夏は、お客さんが来ると、踊りのビデオ講習→練習会という日々。母の踊りに対する熱狂とは裏腹に、まるでピンと来てなかったはずの私・・・ところが練習をしぶしぶ重ねたある日、ヤバイ瞬間が来てしまいました。それは、準備に来てくれた仲間たちと踊りの練習をしていた時のこと…あれれ、身体がなにも考えずに動いてる…気がつくとみんな輪になって、手拍子に足拍子、同じ動作でくるくる踊っています。何がうれしいの?おかしいの?とにかく楽しくて、笑いがとまらないの~!不思議な感覚でした。森に住む山の民だった頃の記憶が踊りを通して、突然に目を覚ましたようでした。
 「春駒トランス」私が虜になった後にも、来る人来る人結構ハマってしまうのがおかしくて、当日の盆踊りが楽しみでした。
 そして当日。火を囲んで子供も大人も輪になって踊った「かわさき」と「春駒」は古代の日本と<今ここ>が融合して宇宙的な世界が現れました。盆踊りからジャンべフリーダンスに移ると、炎に照らされた踊り手の身体はいよいよ熱く、紅いマグマのような迫力で生命の力が吹き上げています。その時、森の木陰から突然に明るい明るいお月さまが顔をだしました。踊り手はまるで狼のようになって歓喜の遠吠えを繰り返しました。
 大きな輪、小さな輪、みんな輪になって本当に素晴らしかった。あの時の「踊りの輪」はそのまま「平和の和」。
 翌日、農園の母屋で貝汁を作っていると、庭から声がします。
外に出ると、空には龍のような雲が農園の真上を通り、花鳥山の方へ流れています。見ると、2羽の大きなトンビが山の周りを旋回しています。大きく、小さく、高く、低く、気持ちよさそうに。外に出ていたおとなたち、子どもたちは空を見上げ「お~い!」「お~い!」と手を振りトンビにあいさつをすると、トンビは私たちに気付いて大きな羽を2回振りました。
「わぁ~!トンビが手を振った~!」みんな大喜び。
「そうだ花鳥山の神さまにお礼を言いに行こう!山の神さまがよんでいる!」
♪「松ぼっくりがあったとさぁー!」
「ころころころころあったとさぁー!」♪
トンビに誘われ、歌いながら秋色の花鳥山に登り、山の神さまにお祭りのお礼を言いました。するとトンビも安心したように阿蘇の方へ飛んでいきました。
お祭りは静かな森の中で幕を閉じました。
 冬の物語の始まりです。                     ravi





2800.jpg

  1. 2006/11/12(日) 10:50:57|
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